Jazz The New Chapter:ロバート・グラスパーとクラブジャズはどう違うのか?今こそ読み返すべき沖野修也『クラブ・ジャズ入門』
- アーティスト: Robert Glasper
- 出版社/メーカー: Blue Note Records
- 発売日: 2012/02/28
- メディア: CD
- 購入: 4人 クリック: 11回
- この商品を含むブログ (17件) を見る
ロバート・グラスパーの『Black Radio』がリリースされたのが2012年の事。当時「新世代のジャズ」「ジャズ・ミーツ・ヒップホップ」といった触れ込みでメディアに大きく取り上げられ、話題になりましたね。このアルバムはその年のグラミー賞最優秀R&Bアルバム部門を獲得しています。しかし、僕個人の印象は「これの一体どこが新しいのだろう?」というものでした。ヒップホップ+ジャズというコンセプトは「クラブジャズ」と呼ばれるカテゴリーでは90年代初頭から、多くのアーティストが繰り返し試みているものだったからです。
上からGuru『Jazzmatazz』(93年米)、Ronny Jordan『Off the Record』(01年英)、Jazz Liberatorz『Clin D'oeil』(08年仏)からの一曲。これらのような作品をアシッドジャズ・ムーブメントの頃から追いかけてきた僕にとっては、ロバート・グラスパーの『Black Radio』を一聴して“新しい”とは到底思えなかったのです。
それからしばらくロバート・グラスパーの事はすっかり忘れていたのですが、昨年『Jazz The New Chapter』が出版されてからというもの、彼をアイコンとした「現代ジャズ」がにわかに騒がしくなっています。この本自体も相当の部数が売れているようで、筆者の周りにも「現代ジャズ」のフォロワーが増えてきました。
Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平 (シンコー・ミュージックMOOK)
- 作者: 柳樂光隆
- 出版社/メーカー: シンコーミュージック
- 発売日: 2014/02/14
- メディア: ムック
- この商品を含むブログ (8件) を見る
「ロバート・グラスパーと、これまでのクラブジャズはどう違うのか?」という点について、いちクラブジャズフォロワーである筆者は、現代ジャズフォロワーの友人たちと喧々諤々の議論を、日々繰り広げているワケですが、誰もそれに対する明確な答えを持ち合わせていませんでした。今回は“そこ”にスポットを当てて考えてみたいと思います。
クラブジャズって何なのさ?
そもそもジャズと分けて語られる「クラブジャズ」とは一体何なのでしょうか?世界的なクラブジャズDJであり、その第一人者である沖野修也さんの著書『クラブ・ジャズ入門』を参考に整理してみましょう。
クラブジャズの始まりは70年代に遡ることができます。イギリスでクリス・ヒルやボブ・ジョーンズといった伝説的なDJが、ソウルやファンクと並列する形でジャズ・ファンクやフュージョンをディスコでプレイし始めた事が、その起源だといわれているそうです。
しかしながら、そのシーンが世間で認知されるようになったのは80年代に入ってから。大きなきっかけとなったのは、ポール・マーフィーの登場であったと言えるでしょう。彼もジャズ・ファンクやフュージョンをプレイしていましたが、ハード・バップやアフロ・キューバン、ファンキー・ジャズをプレイに導入することで、カムデンのクラブ「エレクトリック・ボール・ルーム」の黒人ジャズダンサーたちを狂喜させたのです。そして、彼がレジデントDJを務めていたクラブ「ワグ」にて、ジャズの影響を受けたポップ系アーティストたち*1とのセッション=「ジャズ・ルーム」なるイベントでの活動によって、彼はダンス・ジャズ・ムーブメントを決定的なものにしたといわれています。
そして、黒人ジャズダンサーたちの聖域である「エレクトリック・ボール・ルーム」で、ポール・マーフィーの後任DJとして抜擢されたのがジャイルス・ピーターソンでした。この頃に、ジャイルスをはじめとしたジャズDJ達のあいだで盛り上がりをみせたのが「レアグルーブ・ムーブメント」です。中古屋で二束三文で売られていたソウル、ファンク、ジャズファンク、フュージョンに新しい価値を見出し、ダンスミュージックとして再生する動きを指してこう呼ばれます。DJ達は当時B級扱いされていたアーティスト達の楽曲に再びスポットを当て、誰もが「まさか」と思っていたような音楽の中から「使える」曲を発見し、世の中の先入観や偏見を解体していきました。
1986年にジャイルスが朋友パトリック・フォージとカムデンの「ディングウォールズ」で始めたパーティが「トーキンラウド・セイイン・サムシング」です。このパーティこそが、ジャズで踊るカルチャー、そして後にクラブジャズと呼ばれる音楽の震源地であったと言えるでしょう。前半はダンサー向けの古いジャズセット、それに続くのはジャズの大御所からイギリスの若いジャズミュージシャンまでもが出演したライブセット、後半はジャズの影響を受けたあらゆる音楽、ソウル、ファンク、ハウス、ヒップホップなどがプレイされるミックスセットだったのです。
この頃にジャイルスがモッズ・ムーブメント第二世代の主要人物であるエディ・ピラーと立ち上げたレーベルが「アシッドジャズ」であり、このレーベルは主にジャズファンクのリバイバル作品をリリースしました。代表的なアーティストとしてジェームス・テイラー・カルテットやブラン・ニュー・ヘヴィーズ等。ジャミロクワイもここからデビューシングルをリリースしています。
そして1990年、ジャイルスが「アシッドジャズ」から独立し立ち上げたのが、先のパーティ名を冠するレーベル「トーキンラウド」です。このレーベルはジャズファンクに飽き足らず、ヒップホップやハウス、ドラムンベース、2ステップまでをフォローし、それを世界中に「ジャズの影響を受けたダンスミュージック」として発信していきました。代表的なアーティストにインコグニート、ガリアーノ、4ヒーロー、ロニ・サイズ、MJコール等がいます。
この2つのレーベル、アシッドジャズと初期のトーキンラウド、そしてジャイルスとパトリックのパーティ「トーキンラウド・セイイン・サムシング」を中心としたムーブメントが「アシッドジャズ・ムーブメント」と呼ばれるものです。その影響はUKのみならず世界中に飛び火し、後に沖野氏が名付けた「クラブジャズ」というムーブメントに成長していくわけです。
クラブジャズとモダンジャズの間に横たわる大きな溝
ここまでお読みいただいて、クラブジャズには大まかに四種類ある、という事がお解りいただけるでしょうか?
①DJの「踊れる」という基準で再評価されたジャズ
②レアグルーブにより発掘されたソウル、ファンク、ジャズファンク、フュージョン等
③ジャズファンク・リバイバルを始めとした、各種ジャズのリバイバル
④ヒップホップ、ハウス、テクノ、ドラムンベースなどのクラブミュージックとジャズのクロスオーバー
これらクラブジャズのほぼ全てが、特にモダンジャズのファンから評価されていません。それは何故なのでしょう?まず「ジャズは静かに集中して聴くもの、そして批評するもの」という前提のジャズファンからしてみれば①「踊れる」という評価基準は認められません。また②レアグルーブにはジャズファンがB級扱いしてきたジャズファンクやフュージョン、ジャズですらないソウル、ファンクまでが含まれます。③リバイバルという動き自体が、先鋭性を掲げるジャズの精神にそぐわないものです。④プレイヤー同士のコミュニケーションを重視し、それによる不可逆なプレイこそが醍醐味であるジャズにおいては、サンプリングや打ち込みのビートなんてもってのほか!
つまり、どうやらロバート・グラスパーの『Black Radio』は、①ジャズとしてのリスニング、批評に値する(「踊る」ことに特化していない)②ジャズプレイヤーとしての評価が高い(B級ではない)③先鋭的である④全てプレイヤーにより演奏される。という、これまでのクラブジャズにあった(ジャズとしての)マイナス要素を全てクリアしている、という事のようなのです。
新たなる地平に到達したジャズ、そしてクラブジャズとの邂逅
実は沖野修也さんの『クラブ・ジャズ入門』の後半に、ロバート・グラスパーに言及した明確な答えが載っていました。*2以下に引用します。
ヒップホップとジャズの真の融合を夢見てきたクラブ・ジャズ愛好家は少なくないことでしょう。果たして、それは見果てぬ夢なのでしょうか?ジャズとヒップホップが真に融合すれば、現代的なエッジ感と豊かな音楽性を同時に手に入れることができるはずです。マイルスやブランフォードが試みたヒップホップ・ビートの導入をさらに進化させ、トラック・メイカーに頼らない、ジャズ・ミュージシャンによる生演奏のヒップホップは、ジャズ・ミュージシャンこそが「今」やるべきジャズなのではないでしょうか。
実は、僕の疑問に明確な答えを打ち出してくれているミュージシャンが既に作品をリリースしています。彼の名はロバート・グラスパー。モス・デフやタリブ・クウェリのサポート歴もある、まさにヒップホップ世代のジャズ・ピアニストで、アルバム『In My Element』では、2006年に他界したJ・ディラへのトリビュート曲を収録し、生演奏のヒップホップを披露しているのです。
僕たちが見極めなければならないのは、ジャズ・ミュージシャンによる生演奏のヒップホップが、ジャズが先鋭的であったころの感覚を取り戻しているかどうかということです。
ヒップホップをジャズに“導入”するのではなく、ジャズもヒップホップも自然体で着こなすロバート・グラスパーというタレントを得て、ジャズはようやくマイルスやブランフォード以降の地平に辿り着いたようです。しかし、沖野氏が指摘するように現代ジャズが本当にその先鋭性を取り戻すことが出来たのかは、これからのリスナーの判断に委ねられています。
ヒップホップを取り入れたマイルス・デイヴィスの最後のアルバム『Doo-Bop』
ロバート・グラスパーとこれまでのクラブジャズの違い、ご理解いただけたかと思います。では最後に、彼をはじめとする「現代ジャズ」はクラブジャズではないのでしょうか?それもまた、これからのDJたちに委ねられているのです。現代ジャズの中に「踊れる」要素を見出し、それをフロアでプレイし、オーディエンスに受け入れられれば、それは紛れもなくクラブジャズと言えるでしょう。これからのクラブジャズ、及び現代ジャズの動き、楽しみですね!
ここまでお付き合い頂き感謝m(_ _)m