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反戦映画として見る『紅の豚』あの歌にこめられた想い

コラム 映画

筆者は最近、零戦をテーマにした百田尚樹さんの『永遠の0』を読んでいるのですが、零戦といえば昨年公開されたスタジオジブリの『風立ちぬ』が想起されます。連想は続いて、スタジオジブリといえば、戦闘機が活躍する映画がもう一本ありましたね。そう、表題にもある通り『紅の豚』です。

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 零戦は鋼鉄製だけれど、あの映画に出てくるヤツはたしか木製だったような…。実際に、あのような木製の戦闘機が活躍していたのはいつの時代のことだったのだろう?という疑問がむくむくとわいてきて、調べてみました。 

作品概要

世界大恐慌時のイタリア・アドリア海を舞台に、飛行艇を乗り回す海賊ならぬ空賊(空中海賊)と、それを相手に賞金稼ぎで生きるブタの姿をした退役軍人の操縦士の物語。第一次世界大戦後の動乱の時代に生き、夢を追い求める男達の生き様を描く。

 

時代背景

第一次世界大戦戦勝国だったイタリアだが、扱いは敗戦国と大差は無く、国民から栄光無き勝利と呼ばれるまでに経済が不安定になっていた。この物語は世界恐慌によって国民生活は破綻寸前の荒廃と混沌の時代が舞台となっている。

作中表記に拠ると1929年以降の物語である(大恐慌のヨーロッパへの本格的な波及は1931年以降)。1922年にローマ進軍によって政権を掌握していたムッソリーニファシスト党の独裁下の物語で、当時の様子が比較的忠実に再現されている。

Wikipediaよりー

映画を見直してみれば、作中に時代背景を説明するワードがチラホラ出てくるのですが、筆者の学が足りないばっかりに、今までまったく見過ごしていました。それどころか、作品自体『天空の城ラピュタ』みたいなヨーロッパっぽい架空世界だとばかり思っていたので、改めて調べてみて驚いてしまいました。いや、ホントお恥ずかしい限りです…orz

 

作中二度、シャンソンの代表的な曲「さくらんぼの実る頃(仏: Le Temps des cerises)」が流れます。一度目は冒頭、主人公のポルコ・ロッソがアジトでくつろいでいる場面でラジオから、二度目はマダム・ジーナの登場シーンで、ジーナ自身(加藤登紀子さん)によって歌われています。とても印象的なシークエンスなので、『紅の豚』といえば、このホテル・アドリアーノのシーンが浮かぶ人も多いようですね。

 『さくらんぼの実る頃』は、1871年に設立されたパリの革命自治政府パリ・コミューンの崩壊後、コミューンへの弾圧、特に参加者が多数虐殺された「血の一週間」を悼む思いを込めて、パリ市民がしきりに歌ったことから有名になった、との事です。こちらのサイトに詳しいのでご参照下さい。

一見すると、恋の季節の到来と失恋の苦しみを歌った他愛もない歌に見えますが、その歌詞には、「血の一週間」を体験した作詞者のジャン=バティスト・クレマンよって追加された四番があります。

 

私はいつまでも桜んぼの実る頃を愛する
あの時から この心には
開いたままの傷がある
幸運の女神が私に与えられても
この傷を癒すことはできないでしょう
いつまでも桜んぼの実る頃を愛する
そして 心のなかのあの思い出も
 

総力戦となった大戦はイタリア経済に過度な負担となり、戦争後には深刻な不況へと突入した。街には失業者と復員兵が溢れかえり、都市部では労働者の争乱、農村部では貧農の暴動が多発した。イタリア国民はこの戦勝国とは思えぬ悲惨さを「名誉なき戦勝国」と自嘲的に評した。

Wikipediaよりー

とあるように、当時のイタリアの人達にとっての第一次世界大戦は、多大な犠牲を払いながらも得るものが少なかった「悲惨な戦争」として記憶されており、作中で歌われる『さくらんぼの実る頃』は、主人公ポルコをはじめとした、戦争を体験した人々の、その心情の代弁としてここで歌われているのでしょう。特にポルコとジーナの関係性に注目して見れば、この映画は紛れもなく戦争による喪失を描いた物語であった、という事に今更ながら気づきました…。

 

少々余談にはなりますが、この歌詞を読みながら、筆者にはもう一つ別の曲が浮かんでいました。当ブログのタイトルにも使わせて頂いているルイ・アームストロングの『What a Wonderful World』です。世界はこんなにも素晴らしく、愛に満ち溢れている、と歌うこの曲ですが、発表された当時はベトナム戦争の真っ只中。この曲に戦争への批判と、平和への願いが込められていることは言うまでもありません。泥沼化していく戦況に厭戦ムードの高まるアメリカで、出征していく若者たちや、それを送り出す家族は、どんな気持ちでこの曲を聴いていたのでしょうか?

国同士の表立った戦争こそ無いものの、世界では今でも内戦や紛争があちこちで繰り返されています。直近では、ISISイスラム国)による中東紛争や、「あらたな冷戦」とも言われるロシアのクリミア編入問題などが挙げられるでしょう。私たち日本人は幸いにも、これらの紛争地域とは地理的にも、外交的にも比較的遠い立場にいるため、日常的にその影響を感じることはあまり多くありませんが、(日本にいながら体感できる事といえば原油価格の高騰による、ガソリン価格や日用品の値上がりくらいではないでしょうか?)先ごろ集団的自衛権の行使が認められ、もうすぐ特定秘密保護法が施行される日本が、こういった紛争に巻き込まれる可能性は、以前に比べて格段に上がったと言えます。

 

太平洋戦争の敗戦国でありながらも、主権を認められ、東西に分断されることもなかった日本。冷戦の代理戦争としての朝鮮戦争があったお陰で、自衛のための武力の保持を認められ、戦争特需により経済を再生させた日本。現在、私たちが享受しているこの国の繁栄と平和は、各国の利害が複雑に絡み合った外交上の奇跡的なバランスの上に成り立っており、決して恒久的なものではないと筆者は考えています。日々の生活を平穏無事に送れることに感謝をし、そのことに自覚的でありたいものですね。